03−気付けば隣に君がいた / えふこ
目を覚ますと、右肩のあたりに不自由な重さが乗っかっていた。

けだるい体、喉の渇きと、ぼやけた思考。不自然な体勢をしていたせいで首が痛い。つうかなんだこの重みはよ、と、右を見ればよく知った人間だ。
俺の肩へと頭を寄せて、長太郎が寝息を立てている。


……ああそうか。そうだよな。


かたん、かたんと電車の揺れる音、人のまばらな車内の隅の席にふたり、横に並んで腰掛けている。知らないうちにどちらも眠ってしまったようだった。窓から射す日の色は見事なオレンジだ。
まだ夕方になったばかりだと思うのに、時計の針は眠る後輩の門限もうだいぶ近い。


遊びに行こう、と誘ったのは俺のほうだった。誘っておいてどこに行くかなんてちっとも思いつかなくて、休みだというのに結局テニスをしにいった。
海辺のテニスコートはたしかに景色がよくて、だけど結局、俺たちはそんなもの目もくれずに走り回っていた。
デートとか、そういうつもりだったのに。激ダサだな、と自分でも思う。

その挙句こうして眠ってしまった。帰りの時間もずっと話していたい、と思っていたはずがこれだ。
俺の気も知らないこいつはともかく、俺まで寝ちまうってどうよ。自分に呆れてみたりもする。


……でもまあ、これは、これで。


右肩に乗った頭の重みを感じつつ、先に起きたのが自分であることに感謝する。しまりのない顔を覗き込み、かわいいーよなーこいつ、なんて思って俺は笑った。

さて、ところで俺たちはいまどこを走行中なんだ。
ようやく現状を把握しようという気分。窓から外を見ようとしたが、向かいの席は半端にブラインドが下ろされていた。首をひねって背後を見る。長太郎を起こさないように。

窓の外、夕焼けの下に広がる風景。見覚えがあるようなないような、と、思いはするが正直どこなのかよくわからない。
まだ降りるまで時間あればいいけど、そんな期待をしていたところへ残酷な車内アナウンスがかかる。次の駅名を告げる声。


――ああ、もうこいつが降りる駅だ。


すぐそこにお別れの時間が来ている。俺は少なからず落胆した。
俺はいますぐにでもこいつを起こして、そのことを教えてやらなきゃいけない。


(……え、あれ。……ああっもしかして俺寝てました?)
(肩お借りしてすみません)
(重かったでしょう、宍戸さん。しびれてませんか?)
(ごめんなさい、スポーツマンの肩にこんなこと)


起き抜けのうまく廻らない舌で、長太郎が何を言うかなんて簡単に想像できてしまった。謝りきらないうちに電車の扉が開き、もういいから行けよ、と言う俺の声で慌てて電車を降りていく。俺のほうを何度も振り返ったりしながら、だ。
そういうところが好きなんだ、と、俺はまたひとりで笑みをこぼす。


駅が近づき、電車のスピードが緩まっていく。停車するまでもうわずか、ほら、起こしてやらないと。
そうやって自分に言い聞かせ、やっとの思いで長太郎の頭をそっと撫でた。
起こさないように慎重に、だというのが自分でもわかる動きだ。揺り動かすようにはまるで変わっていかなかった。
そしてその瞬間、走りつかれた体がいうことを聴いてくれない、そういうことにしたいと思った。


そもそも俺は、今きっとまだ夢を見ているんだ。こいつより先になんて起きてない、だからこの駅でこいつを起こすのは無理だ。
そうだろ? と自分に問いかけてみる。胸が痛むような気もしたけれど、ほら、だから仕方ないじゃねえか。あきらめるように目を伏せて、電車の揺れに身を任せる。


電車が停まり、長太郎の体が少し身じろぐ。けれどそれだけだ、跳ね起きるような気配はない。
扉が閉まる音を遠くに聞きながら、俺はふたたび、つかのまの眠りに落ちることにした。




 えふこさん作の、自分の欲望に正直な宍戸さんです…!!!も、もえる
 まさかいらっしゃるとは思わず超テンパリました。えふこさんはいけない人です。
 えふこさん、ご参加ありがとうございました!

 せんか@管